「と」も「に」も、
日本語文法では格助詞と呼ばれる品詞です。
両者ともそれぞれ独自の意味用法を複数持っていますが、
この2つがほぼ同じ用法として使われることがあります。
それは、【結果】を表すとき。
A 花子は先生になりました。 ◎
B 花子は先生となりました。 ◎
C ここを倉庫とします。 ◎
D ここを倉庫にします。 ◎
AからDまで例を挙げましたが、
AとBはそれほど違いがわかりませんね。
(本当はあるのですが、わかりにくい例です。)
CとDになると、
両者とも意味は通じますが、
伝わってくるニュアンスが少し違ってきませんか?
「と」が【結果】の用法で使われるときは、
〜ということ
〜というもの
というニュアンスを内包しています。
言い換えると、
「と」は「に」よりも、
より客観的な視点、突き放した立場から
述べられている場合に使用するということがわかっています。
そのわかりやすい例が、Cです。
“ここは本来倉庫として作られた部屋ではないけれど、
今回は倉庫というものとして使用します”
一方、Dは、
完全に倉庫そのものにしてしまう、というニュアンスが。
さらに、
「と」の客観的な視点の効力がさらに強まった用法があります。
組織としての意思決定の場面(つまり個人的な意思ではない)で、
「と」が使用され、「に」は不整合になるケースです。
E 委員会としてこの件は、却下とさせていただきます ◎
F 委員会としてこの件は、却下にさせていただきます。 ✕に近い△
「に」は、この客観視、組織決定の意思のニュアンスを持っていません。
ダイレクトに結果を表すのが「に」の特徴であると言えます。
ここに、
【結果】を表す「に」と「と」の
違いが決定的となるのです。
たったいま⬆で、「に」ではなく「と」を
使用した理由はもうおわかりですね!
私個人の意思ではなく、
誰が見ても、「に」と「と」の違いが明白である
という客観的視点から述べているため、
「に」ではなく「と」を使用するのがふさわしいから、
ということです。
追伸:
「私は絶対にお金持ちになりたい」とは言っても、
「私は絶対にお金持ちとなりたい」とは言いませんが、
この理由も、
“個人の意思” or “客観的な意思”
という用法識別法で説明がつきますね^^