「なので」の行方が気になって眠れない

A 今日、太郎はたくさん食べた。
だから、お腹が痛くなった。

B 今日も太郎は平熱です。
ですから、お母さんは安心しました。

“だから”、”ですから”のからくりは
こんな感じで一目瞭然ですね。

つまり、前文の文末のカタチを受けて、

だ(断定の助動詞)+から(格助詞)だから(接続詞)
です(断定の助動詞)+から(格助詞)ですから(接続詞)

“だから””ですから”という接続詞(独立した単語)は
もともとこのような仕組みでできているのです。

ここまでを理解すると、
“なので”って何?と疑問が湧いてきませんか?

私は今日はお休みなので、映画を観に行きます。

この、本来文中にしか現れていなかった”〇〇なので”が、
なぜか、独立した接続詞としての動きを突如始めたのが、
今からおよそ20年くらい前からだったのではと記憶しています。

(その新しい用法”なので”を発見したときの衝撃は、いまでも忘れられません。)

私ってダメな女なの。
なので許してね。

という使い方なら、
以前からあるにはありましたし、
今までの文法的常識としても
納得できるのですが・・・。

今日も太郎は平熱です。
なので、お母さんは安心しました。

という新しい用法。
話し言葉としては、すでに許容されていますよね。

それでも、
この用法が生まれてからの歴史がまだ浅いという意味で、
大学入試の小論文や、就職試験の作文、
新聞紙上、大学の研究論文、法律文書など、
正式な書き言葉を要求してくる場では、
いまだNGとなっています。

“この用法が生まれてからの歴史がまだ浅いという意味で”
と、いまお伝えしたのは、

私は学生です。
だから、勉強しなければなりません。

という使い方が、
現在では全く問題ない、ということを根拠にしています。

だから、

私は学生です。
なので、勉強しなければなりません。

という使い方も、あと50年先には、
書き言葉として許容されているのではないかなと
私は予想しています。

では、実際のブログ記事上での
“なので”の扱いをどうするのかといいますと、

これは好き好きでしょうね。

しっっかりきちんと感を出したければ
使わないほうがよいでしょうし、

文章のイメージを、
少しカジュアルダウンさせたければ、
“なので”を独立接続詞として使ってみても結構。

そんな使い分けでよいと思います。

※全くの余談ですが、
私は、今後もこの新しい用法としての”なので”を
ずっ―と観察し続けていこうと決めています。
“なので”がどのような経緯を辿って、
書き言葉へ昇格できるのか、否か・・・。

私が生きているうちに
そうなるのかどうか・・・。

そんなことを考えるだけで
本当に胸がワクワクします。

“なので”のゆくえが見極められないうちには
死ねない、とさえ思っています。

文法オタですねw

コメントを残す