違和感しかない その2 〜 ワクチンの副反応を「評価する」〜

「コロナワクチン接種後の副反応を評価する」という表現に、以前から違和感を覚え続けてきたのですが、なかなかブログにまとめられず、時だけが虚しく過ぎ去ってはや1年。やっとこのモヤモヤとした思いの丈を綴らせていただきました。「副反応は副次的に現れるネガティブな現象である」という根源的で揺るぎない事実を基に、ぜひ一緒にお考えいただけたら幸いです。

「評価する」とは

文法解釈としての「評価する」・・・

複合動詞。漢語「評価」+サ行変格活用動詞「する」が結合した活用形式の1つ。活用は「し(せ・さ)・し・する・する・すれ・しろ(せよ)」

サ行変格活用動詞「する」は、和語・漢語・外来語・名詞・副詞など他の品詞の語に付いて多くの複合動詞がつくることができますが、「評価する」という単語もその1つです。

意味解釈としての「評価する」・・・

ひょう‐か〔ヒヤウ‐〕【評価】[名](スル)

1 品物の価格を決めること。また、その価格。ねぶみ。「評価額」

2 事物や人物の、善悪・美醜などの価値を判断して決めること。「外見で人を評価する」

3 ある事物や人物について、その意義・価値を認めること。「評価できる内容」「仕事ぶりを評価する」

4 「教育評価」の略。

weblio辞書

 

文法的解釈はよいとして、ここでは意味解釈としての「評価する」を問題として取り上げます。

上のweblio辞書の意味を眺めていると、「評価する」は「有機物・無機物に関わらず、すべての事物の価値を判断し決めること」という普遍的な意味を持つことがわかります。

ここで多用されている「価値」という単語の意味についても合わせて明瞭に理解しておきたいと思います。

「価値」の意味

か‐ち【価値】

その事物がどのくらい役に立つかの度合い。値打ち。「読む価値のある本」「価値のある一勝」

2 経済学で、商品が持つ交換価値の本質とされるもの。→価値学説

3 哲学で、あらゆる個人・社会を通じて常に承認されるべき絶対性をもった性質。真・善・美など。

ついでにさらに「評価」「価値」に共通する「価(あたい)」の意味も押さえておきます。

あたい〔あたひ〕【価/値】

価格。値段。また、代価。「商品に—をつける」

「質屋の使の…尋ね来(こ)ん折には—を取らすべきに」〈鴎外・舞姫〉

物の値打ち。価値。「一顧の—もない」

3 (値)数学で、文字や式・関数などがとる数値。「比の—」

ここまで読んでいただければ、「評価する」の意味・用法について、改めて明確に理解していただけたのではないでしょうか。

ここでさらに突っ込んで、

価値=値打ち

と、より平たい言葉に言い換えることで、私たちの言語脳は、もっと素早くその言葉の意味を正確に理解できそうです。

以上、「評価する」という単語のの意味は「事物の値打ちを判断し、決めること」と理解していただけたと思います。

ワクチンの副反応を「評価しようとする」厚労省

(厚生労働省HP 「新型コロナワクチンの副反応疑い報告について」より抜粋)

↑の中の赤線で指し示してる箇所なのですが、「評価する」という単語の意味がスッキリと理解できた今の私たちが改めて眺めると、どこか非常な違和感を覚えることでしょう。

なぜなら厚労省は、コロナワクチンの副反応の値打ちを判断し、決めようとしているからです。

ここで「副反応」という単語の意味も確認しておきます。

ふく‐はんのう〔‐ハンオウ〕【副反応】

ワクチンの接種を受けた後に生じる、接種部位の腫れや発赤・発熱・発疹などの症状をいう。

[補説] 治療薬による投与目的以外の作用は通常副作用とよぶが、ワクチンは生体の免疫反応を期待して接種するものであり、特に副反応という。

weblio辞書

要するに「副反応」とは、「接種部位の腫れや発赤・発熱・発疹などの症状」なのです。

ここで私は次のような疑問を呈します。

私たち接種者にとって「腫れや発赤・発熱・発疹」という症状が、価値を見出すべき事象と言えるのでしょうか?

「腫れや発赤・発熱・発疹」という症状に喜んで値打ちを感じる人が、この世の中に1人でも存在するというのでしょうか?

「腫れや発赤・発熱・発疹」の値打ちを決めるって、そもそもおかしいと思いませんか?

「副反応」という単語の意味が、

「接種部位の腫れや発赤・発熱・発疹などの症状」である以上、

副反応を評価する

=副反応の価値を判断し決める

=「腫れや発赤・発熱・発疹」の値打ちを決める

腫れや発赤・発熱・発疹の値打ちを決めるって?????

「評価する」という単語は「値打ちあるかどうかを決める」という意味の動詞。

ワクチン接種後の腫れや発赤・発熱・発疹は、誰にとってもネガティブな出来事(なはず)ですよね。

ということは、腫れや発赤・発熱・発疹は、始めから値打ちを計る(=評価する)類の事象ではないはずです。

(腫れや発赤・発熱・発疹を価値あるものとして、喜々としてどんどん受け入れるという人がもしもこの世にいるというのならば、話はまた変わってきますが)

というわけで、

私は「副反応を評価する」という表現は、「評価する」という単語の誤用であると結論付けました。

ちなみに「副反応」は「評価するか否か」ではなく、「あるかないか」「認められるか否か」で表現するのが適正ではないでしょうか。

ワクチン接種後の腫れや発赤・発熱・発疹が、ワクチンによる副反応であると認められるか否か……が、自然な日本語ではないでしょうか。

なぜ厚労省(及び大手マスコミ)は、ワクチンの副反応に関して「評価する」という単語を頑なに採用しているのか、その真意も私は知りたいですね。

それはともかくとして、

「副反応を評価する」という表現は、人々に「副反応」があたかもポジティブな事象であるかのように誤解して解釈させてしまう可能性が懸念されますから、もしもこのブログを厚労省のどなたかがお読みになられ、誤用にお気づきいただけましたら、ぜひ直ちに訂正していただきたいと思います。

追記します:

例えば、ワクチン接種後に心身に現れた頭痛や湿疹、時に心筋炎や脳梗塞などの症状が、ワクチンを体内に取り込んだことによる副反応であると確かに認められたあとで、さらにその副反応が、医学的知見により望ましい副反応なのかそうでないのかを見極め、判断し、その価値を決めるということならば、「ワクチンの副反応と認められた症状をここで評価します」というような表現はあり得ると思いますが、私がここで問題視しているのは、その一段階手前で起きている事、つまりワクチン接種後に心身に現れた頭痛や湿疹、時に心筋炎や脳梗塞などの症状が、ワクチンを体内に取り込んだことによる副次的な反応なのか、そうでないかを判断するという行為に対して、「評価する」という「物事の価値や値打ちを判断する」単語を用いてことはふさわしくない、つまり、繰り返しになりますが、ワクチン接種後に現れた症状は、「評価する」「評価しない」では言い表すのは日本語としておかしいとお伝えしているのです。

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